1882年、22歳の時に、嘉納治五郎は東京に道場を開き、講道館と名付けます。講道とは、真理を説く、という意味で、館は、集まる場所をさします。己の目標とするところを道場の名に冠し、彼の師範としての道がスタートしました。
彼は自らの信条に従って柔術を教えました。彼の師たちの叡智に基づきつつも、師とはまた違った独自のものでした。非常に精力的に、そして強い意志を持って、彼は未知のことを吸収していきました。
あるときは何日もかけて様々な師のもとを訪れ、柔術の他の流派の奥義を学ぶとともに、彼自身の技を磨いていきました。そしてとうとう、彼は当時誰もが成しえなかった高みへと登りつめたのです。講道館は、当初永昌寺の境内にあり、4つの部屋のうち最も大きい縦4m×横6mのスペースが道場として使われていました。